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親鸞への深い信頼と追体験の道

嵩 海史(かさみ ひろし)さんに聞く

宗教的要求の原点と現在
彼自身が宗教的なものを求め始めたのは大学生の頃である。それは自分中心的な発想をいかにしたら打ち破れるかというものだった。それを求め、鎌倉の禅寺に通った。禅という体験をとおして自分自身と向き合うことにより、そこから解放されるきっかけを掴みたかったのだ。しかしそこでは残念ながら思うようなものは得られなかった。そしてその後、その思いを抱えたまま、宗門の大学の大学院へ進む決心をする。そこで彼は真宗の教えと出会い、徐々に親鸞に共感し、自分の中で親鸞を追体験していきたいと考えるようになっていった。 「直感として、仏教を突き詰めれば親鸞に行き着くことを確信している」と彼はいう。それは親鸞の思想の根本である「他力」の思想こそ自分中心的な発想を覆す力を持っているからだろう。しかし親鸞の思想と自分の考えがどうしても結び付かないところがあり、その原因は自分の中の自力意識と教えとの葛藤にあるのかもしれないという。
彼は今、教誨師や親鸞仏教センターでの仕事など様々な活動をしている。それはそのことをひとつひとつ実際に、具体的に確認する為の作業なのかもしれない。 教誨師とは、罪を犯した人に対し、宗教的立場からその自覚を促し社会復帰を助ける仕事である。責任が重く大変な仕事だが、受刑者の中に仏法を求めている人もいることが分かり、その要求に応えていかなければならないという使命感を抱き一回一回の教誨を大切に真剣に取り組んでいると言う。彼が今教誨を行っているのは少年刑務所である。少年たちとのやり取りをとおして、そのなかで、人間の本質的な部分を明らかにした親鸞の教えを自身に確認しているのだろう。
また親鸞仏教センターの常勤職員として『歎異抄』の研究(現在は『唯信鈔文意』)、宗門の大先輩である清沢満之の研究、さらには親鸞の主著である『教行信証』の鈴木大拙による英訳本の日本語への再訳など、自分に頷ける言葉で親鸞の思想を丁寧に確認していく仕事や雑誌『現代と親鸞』や『アンジャリ』の編集など幅広く且つ深い活動をしている。
信念
「聞法することにより自分が明らかになる。言葉にして話すことにより今の自分が定まってくる。今の自分に常に出会い続けていくのが僧侶の仕事ではないかと思う」と彼は言う。 親鸞を尊敬し、親鸞の言葉を聞き続けながら、一方で自分自身の「身の程」を確認していくことの大切さ、言い換えれば、親鸞の教えによって、自分の「自力」が照らされ、それを確認し続ける地道な作業の大事さを言っているのだと思う。
現在の課題
また、彼は一般の人達が集まる仏教の勉強会で、仏教は他の宗教に比べ、経典がありすぎてどこから入っていいかわからないと指摘された。その言葉で、仏教は経典、宗派も多く、入り口が多すぎて宗教的関心のある人が立ち往生している現状を知らされた。知らず知らずのうちに真宗を前提としていたことに気づかされ、頭を殴られた様な気すらしたという。如何にしたら仏教・真宗に触れる機会は広げられるのかが、彼の現在のもうひとつの課題だという。
終わりに
今回の取材をとおして感じたのは、彼には確固たる自分の信念があり(それが彼のエネルギーの源泉である)、そこに絡んでくる様々な問いに真摯に向き合いながら行動しているということだ。今後の彼の活躍に期待したいと思う。

取材・記事/ホームページ班トピックスチーム(2006年10月)