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「わかったことにしない」という出発点

渡辺智香さん(神奈川県川崎市 西福寺住職)

教師としての歩み
試行錯誤の中、教師として歩み始めた20代を振り返り、渡辺さんは「ただ、一生懸命教えようとしていた。先生であろうと思っていたんだ。」と語り始めた。
知識を教えることはもちろん、生徒との関わりの中で何を根拠にしていたかというと「自分の人生経験」だった。自分がたまたま出来たことなのに、やれば出来ると言い、経験していないことはおかしいと言う。若さゆえの一生懸命さと努力意識、自分の経験を絶対化し、それを押しつけながら生徒と接していたのではないのか。問題が起こると吟味する物差しは自分の経験しか持ち合わせていなかった。また、世間の物差しもあった。世間に適応するような子を育てるという名目があった。そんな子に育てれば、その学校は世間の物差しで良い学校になるのだから。
何の疑いもなかった教師としての歩みを考え直すようになったキッカケは、不思議なことに、離れたはずの寺であり、仏教との出遇いによるところが大きかったという。
わかったことにしてはいけない
教師としての生活を続ける中、歳を追うごとに仏教を学んでみようという気持ちが大きくなってきていた28才。学級担任や卓球部顧問などをこなしながら、合間を縫って夜間に行われていた講座に1年間通うこととなる。最初、仏教のお話を聞いた時はまさにカルチャーショック、「そういう捉え方、受け止め方をするのか」と驚きがあったという。たくさんの言葉を聞いたが、当時を思い出すと、
「わかったことにしてはいけない」
「自分の問題として、自分の言葉で語りなさい」
という態度や姿勢を、講師や共に学んだ仲間から教わったことが大きかった。それまで教員として生徒と向き合っているつもりで、一生懸命「教えよう」としてきたが、実は指導という名のもとに自分の要求を通そうとしているだけだったのではないかと考えるようになっていった。また、それまで一生懸命の代名詞として使ってきた「やれば出来る」という言葉にも疑問をもつようになった。自分は「わかっている」立場に立っていたのではないか。何か問題が起こった時に生徒や親や社会などにではなく、自分自身の問題性に気付かされることも多く、自ずから生徒と自分との関わりも変わってきたという。
沈黙
教師を辞める直前、川崎で住職・門徒を含めた聞法会が開かれた。教えのもとに人が集まり、そこで沈黙も大事としてゆっくりとした座をもつ。そこでは願いを叶えてくれる、こうすればいいという話とは正反対の、「お願いしている自分」が照らし出されてくる。「答え」ではなく、「答えを求めている身」が問題となる。なんとなくそこが、場として「いいね、と思えたんだよね」と語られる。学校ではフリートーキングの時間はあまりない。大体、答えが用意されている。最終的な形があって話をする。また、今はみんな効率的なリズムの早い生活をしているのだから、元気はつらつ、すっきり、はっきりを求められる会が多い。重い雰囲気の中で、答えを教えられるのではなく、じっくりと我が身を考えるということは今までなかった。そこには「自分自身をわかったことにしない」という以前から聞いていた姿勢が貫かれているんだと感じたという。
人間の知
そして渡辺さんはこんなお話を続けられた。
「自然科学においても『わかったことにしない』という態度は大切にしなければならないと思う。そうしないと、人間の知が万能に思え、人間がますます傲慢になっていくんじゃないのかな。物理学の究極の問いは、『何で世界はこうなっているのか』ということなんだよね。この問いに関して、私の知る限りにおいて相当のところまで解明できているけど、どうしても我々の力では及ばない領域があり、そういう意味で現時点では『わからない、解き明かせない』と結論づけてもいいと思う。だからこの世界について私は色々知っているつもりだけど、たかだか人間という物差しを通して理解しているだけで、もしかしたら本当のことは何一つわかってないんじゃないかと個人的には感じている。」
教師でも、住職という立場でも、他のどんな場所においてでも、「わかったことにしない」という教えに向き合い、「これでいいのか」と折々に自身を振り返ることが必要だと渡辺さんは声を強めながらおっしゃった。
インタビューの休憩の時、渡辺さんは面白そうにこんなことも言われた。
「物理では力のことを相互作用という。必ず作用、反作用で一方的な力は存在しない。必ず相手がいるんだよね。だから本願力の場合も、言葉上のことだけど一方的な力では有り得なくて、本願に呼応する相手があってこそ意味をもつと言えるんだ・・・・・」
ある時は教師の経験から、ある時は物理学の知識を手掛かりにしながら、仏教を聞く一人として、「わかったことにしない」「自分を通し自分の言葉で語る」という姿勢を大切にしながら、渡辺さんの歩みは続いていく。

取材・記事/ホームページ班トピックスチーム(2006年11月)