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カウンセラーとはなんぞや?

松井 ひろみさん(仮名)真宗大谷派僧侶・カウンセラー

戸惑いの中で
現在松井さんは学校でカウンセラーとして活動している。彼女の学校での役割は、外部の者として話を聞くという立場である。普段慕っている先生だけれども、どうしてもこれだけは話せない、評価されることを気にせず話したい、生徒のそういう悩みを受けとめていくことが彼女の役割である。
元々、初めて就職したある相談機関では、非行に走ってしまった子供達と接する仕事であった。彼女はそれまでそのような子供達とは全く無縁の生活を送ってきた。自分に務まるのだろうかと不安を感じながらのスタートだったという。
一番重要なこと
私が相談を受けた時「何とかなる。大丈夫」と人にアドバイスをしてしまいがちで、本当にその人の意見を聞いているわけではなく、相談者への一方的意見の押し付けになってしまうことが多い。
しかし、彼女は本心からその人を尊重することを通して、まるで中学生があこがれの先輩の話を聴くように、話に聴き入ることを大切にしている。また、その上で、出会った中で感じた相手のすばらしさを率直に伝えることを大切にしている。それは生活の中で問題の中にうずもれてしまっているその人なりの良い所、あるいはできていることをすくい上げ、自分に力があることに気づいてもらうことだと彼女は言う。彼女はその人の話を丹念に聞いていこうという姿勢があるからこそ、その人の良さが見えてくるのだ。問題を抱える子供達との関わりの中で見えてきたのは、少年達が問題行動を繰り返せば繰り返すほど、周囲はその問題を通してしかその子が見えなくなることであった。彼女が、保護者との面接で、保護者とは別の視点からその人の良さを伝えたり、その子なりのウリを考えてもらうことで、周囲の少年への対応ががらっと変わってしまうこともあるそうである。彼女の仕事は、相談者が本来の自分に出会っていける手助けをしていると言えるだろう。
相談ではいかに話しやすい環境を作るかが大切になる。傍から見れば雑談にしか見えないようなやり取りを通して、信頼関係を作ってゆく。そのような自分のスタイルがここで形づくられたという。それは、非行をすることで自らを守っている子供達の繊細な感情に寄り添うためのものであった。
寺とカウンセラーの間で
彼女はあくまでどのような立場においても、向き合った人の目線に合わそうという姿勢がある。相手に寄り添ってゆく、言葉にしたら単純で、しかし、一番根本的なことを大切にしている。
カウンセリングの展開について話を進めていた時「その子に自信がついてきて、大体自分の役割が必要とされなくなったなと感じた時に、よかったと思いますね」と返ってきた。聞いたときに少し違和感があった。「カウンセラーは患者の人と仲良く和気あいあいとなるのが成功」なのでは、と思っていた私は面食らった。それは、例えば不登校の子が学校に来るようになることが、必ずしも良いとは思っていないという言葉にもよく出ている。そして続け様に返ってきた答えは「その人がその人なりに楽になり、元気になっていくことがうれしいですね」というものであった。
「依存状態が延々と続いたとしたら、関わり方のどこかに問題がないか見直してみる必要があると思います」とも言っている通り、あくまでその人が自分で歩む道を考えられるよう支援してゆくのが、彼女のカウンセリングなのだろう。
そのような彼女に生まれたお寺をどのような場所にしたいかと聞いてみると、「今活動していることをどのように活かしていけるのか、何か良い方法がないだろうかと考えているというのが正直なところです。でも、いずれにしても、気軽に相談に来られる所に、そしてできるだけ敷居を低くしたいですね」と返ってきた。
その「気軽に」と表現する人間観の中に、今いる人をそのまま受けとめてくれる大きな足跡を見た。

取材・記事/ホームページ班トピックスチーム(2006年12月)