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凡夫(ただびと)を生きる−いま、真実(ほんとう)の願いに立つ−
(仏から見えた姿)
会社勤めをされていた方が定年で退職されました。会社にいるときは、多くの方が、自分の周りに入れ替わり立ち代り寄ってきて、自分も捨てたものじゃないと、思っていたそうです。しかし、退職をしたら、ほとんど周りからいなくなったそうです。その時の寂しさの中から、私に来ていたのではなく、私に付いている地位や扱うお金に寄って来ていたのだと。
凡夫とは、仏が人間を見た姿を表します。人間は、自分そのものではなく、自分についたものを自分と勘違いしているのだと。その裸の姿を、凡夫と。
我われは何かに依らなければ生きられません。それが、地位なのかお金なのか、健康なのか、…。しかしそのどれもが、本当に当てになるものではないにも関わらず、それを当てにしようとしますし、それがないと生きていけないものです。しかし、またそれに苦しむのもが我われ人間です。そして、その自身のあり方に気付けないのが私です。その姿を仏は悲しみをもって、「凡夫」と呼びさまされました。
「あなたは、本当は裸の自分をそのまま受け取りたいのではないですか」と。
仏の言葉に触れるとは、自ら姿に気付き、そこから立ち上がることを教えてくれるのでしょう。
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