仏前結婚式私たちは家庭<過程>を大切にします。 結婚はゴールじゃなくてスタートだから、これからの過程〈あゆみ〉を大切にしたい。 世の中は〈結果〉ばかりを問うけれど、家庭では〈過程〉を尊重し合い、その絆を育みたい。 この願いをカタチすなわち儀式に---それが仏前結婚式です。 記事一覧 仏前結婚式ってなに? 記事を読む 結婚式は、お二人の新しい門出を寿(ことほ)ぐ儀式です。生涯、思い出に残る大切な人生の節目にもなりましょう。だからこそ、意味のある結婚式にしたいものです。 挙式には、仏前結婚式、神前結婚式、キリスト教式、宗教や形式にとらわれない結婚式もあり、さまざまです。両家の宗教や考え方にも配慮し、十分納得したうえで決めたいものです。仏教徒であるならば、仏前での結婚式をお勧めします。 浄土真宗の仏前結婚式は、ご本尊の阿弥陀如来の尊前で執り行う厳かな式です。 お互いを尊重し助け合う人生のよきパートナーとして出会ったご縁の不思議さや慶びを胸に、その御前で共に歩む誓いをたてるわけですから、お二人の人生の門出にふさわしい、清々しく意味のある出発になりましょう。 式のながれ 一、入堂・総礼 一、勤行(おつとめ) 一、表白 一、司婚者のことば 一、新郎新婦 誓いのことば 一、念珠授与 一、新郎新婦焼香 一、式杯・乾杯 一、お祝いのことば 一、総礼・退堂 仏前結婚式は、真宗会館もしくは最寄りの真宗大谷派寺院を式場にして行うことができます。 真宗会館では婚礼施設に出向いての儀式執行も行っています。もちろん、洋装での挙式もできますので、仏前結婚式に関するご相談は真宗会館まで是非お寄せください。 東本願寺真宗会館ホームページより 短編オリジナル物語「切れない糸の伝説」 記事を読む 挙式を明日に控えた新婦はその晩、不思議な夢を見ました。暗がりの中で、おおぜいの人が皆それぞれに、『人生』という名の布を織っています。 すると遠くから、どこかなつかしい妙な歌が、くり返し聞こえてきました。 ギッタン トントン ギッタン トントン みんな誰しも 自分の色で 織っている 毎日毎日たて糸に 『私』という名の よこ糸渡して 自分の人生 織り上げる よこ糸は『私』 たて糸は何? ギッタン トントン ギッタン トントン ふいになげき声がしたので、そちらを見ると、ある織物がちぎれていました。たて糸が、もろくなって切れてしまったからでした。それは、『若さ』というたて糸で織られていた布でした。 また、ある織物は、バサッと突然ほどけてしまいました。たて糸が、ひょんなことから消えてしまったからでした。それは、『財』をたて糸にしていた織物でした。 また、ある織物は、うまくよこ糸を渡せずに、ゆがんでいました。たて糸がたよりなく、たるんでしまっていたからでした。それは、『健康』というたて糸でした。 新婦は願いました。この「よこ糸(わたし)」を詫せる、なにがあっても失われることのない「たて糸(よりどころ)」で、人生を織り上げたい、と。 そのとき、足もとに金色の亀がいるのに気がつきました。亀は、持っていた糸の先を新婦に手渡しながら言いました。 「これは、仏さまから授かったので、信頼できる糸です。これをたて糸にするとよいでしょう。」 新婦がそれを大事に受け取ると、そこに灯りをくわえた金色の鶴が舞い降りて、言いました。 「布が織りあがるころ、それは一枚の絵になります。『糸に会う』と書いたら『絵』という字になるように、その糸を生涯大切にして、その糸のこころに出会っていけば、あなたの人生が、彩り豊かで味わい深い絵になることをお約束しましょう。」 明るく照らされたそこには、新郎が微笑んでいました。ふたりは手をとりあって歩き始めました。 そんなふたりをうれしそうに見ていた鶴と亀は言いました。 「それではまた明日、挙式でお会いしましょう。」 次の日。おごそかな仏前結婚式がはじまり、新郎と阿弥陀如来の尊前に立った新婦は、そこに金色の鶴亀のかたちをした燭台があるのに気がつきました。その灯は、ふたりのこれからを、そっと優しく照らしてくれているようでした。 (作/釋尼聖惠) ※古代サンスクリット語の『スートラ』という言葉には、『たて糸』という他に、『お経』という意味もあります。 仏前結婚式では、この糸に会うことを願って、短いお経が読まれます。『たて糸』のこころに出会って、ともに豊かな人生を歩みたい。その願いをカタチにした儀式、ふたりの確かなスタートにふさわしい儀式、それが仏前結婚式です。