心にじぃーんと法話

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お坊さんの如是我聞

小さき声を侮ることなかれ−なぜ弱い方が強いのか−

林光寺では30年以上も前から、ご近所さんやご遠方のかたも集って和気あいあいと毎月2回コーラスをしています(キリスト教の賛美歌は有名ですが、実は仏教讃歌もステキな曲が結構あるんです)。お腹からしっかりと声を出すのは案外難しく、きちんと立つ姿勢を保つのもなかなか大変。思いのほか体を使うので、恥ずかしながら芸術というより体操をやっているような(苦笑)。それでも先生は、色々と示唆に富んだ芸術的な話をしてくださいます。それは仏教と通じるのでしょう。音楽の話が、まるで法話を聞いているように受け止められることもたびたびです。ある時こんなご指導を受けました。

楽譜の中でのpp(ピアニッシモ)という記号は「ごく弱く」を意味し、f(フォルテ)は「強く」の意味ですが、「ピアニッシモはフォルテよりも強いんです」と語った先生。「はぁ? 逆なのでは?」とキョトンとした私たちを見て、先生はさらに仰いました。「例えば、本当に苦しい時や、強い愛を伝える時は、大声で『苦しい!』とか『愛してる!』と言うより、絞り出すような表現になるでしょう?  心の底から込み上げて来るような思いは、たとえ強くても、それが深くて重いほど、大きな声にはならないですから」。だから単に小音ではないピアニッシモを奏でるのは、とても難しいのだと。なるほど、あらためて音楽の深さを感じました。

さて、ピアニッシモを表現するのと同様、それを聞き取ることも難しいのでしょう。大きな声が小さな声をかき消していく現代。声にならない叫び、自分自身の内なる声、死者たちの声に、私たちはどれだけ耳を傾けているでしょうか?

文久万寿 惠美(くます めぐみ 東京都台東区 林光寺坊守)

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