知る・学ぶ 親鸞聖人
関東における親鸞像4
『山伏弁円の廻心』(東京教報No.145掲載)
 20年に及ぶ聖人の関東生活の間、聖人と出会うことによって廻心に導かれた人々が続々と現われた。その有様は、ことにご消息などを通して窺い知ることができる。しかし、多くの結縁者の中で、弁円の場合ほどドラマチックでかつ深い宗教性に富んだ事例は稀であろう、と思われる。例えば聖人が京都で80歳を迎えられた頃、常陸の人々に宛てたご消息の中で、親鸞は次のように述べている。

明法の御坊の往生のこと、おどろきもうすべきにはあらねども、かえすがえすうれしうそうろう。鹿島・行方・奥郡、かようの往生ねがわせたまうひとびとの、みなの御よろこびにてそうろう。(真宗聖典560頁)

 これは何も一人の御同行が世を去ったことがめでたいというのではなく、30年ほど以前、関東で一人の人の心に生じた信心が南無阿彌陀佛という報恩感謝の生き方を生み、それが終生変らず相続したことをこの上なく慶ばしいことと称め讃えておられるのであろう。嘗ての弁円は、新参者の親鸞に多くの弟子を奪われたと思い嫉妬の念を燃やし、草庵に押しかけたところ、平常心のままで躊躇することなく迎え出た親鸞の温容に接して、廻心懺悔して、明法という法名を賜わったのであった。

 学ばんとする心を微塵も持たぬ者が、教えようとする心を些かも持たぬ人に深く教えられてしまった、という摩訶不思議な出来ごとが起ったのである。この出来ごとに加えた覚如のコメントは、「不思議なりしことなり」の一言であった。救う人が不在なのに、救われた人のみがいる。布教する親鸞は不在で摂取不捨のはたらきのみがそこにあった。それにしても、力を用いずにおのずから人の心を激変させてしまう、この不思議なはたらきとは一体何であったのか。

文・坂東 性純氏(ばんどう しょうじゅん 東京都台東区 報恩寺前住職)
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